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仙台高等裁判所 昭和58年(ネ)123号 判決

控訴人 日本電信電話公社

代理人 阿部則之 佐藤芳憲 ほか八名

被控訴人 花田俊博

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の補充陳述)

1  年休時季指定者の代替勤務者を決定するのは本件の場合竹本課長である。即ち、代替勤務の申出があつたときは、工事係長から直接に、或いはデスクの係長を通して竹本課長に報告され、その報告を受けて同課長が勤務変更の可否を決定し、右係長らに伝達していたのであり、かかる手続がとられる以前の、工事係長以下の現場作業要員段階の内々の話があつたことをもつて代替勤務予定者が決定されていたとすることはできない。

2  また、過去において工事係長らの報告どおりに代替勤務希望者の勤務割が変更されていたとしても、それはそのとおりにしても特に問題がないと竹本課長が判断したからであるのにすぎず、同課長の知らない時点で代替勤務者が予定され勤務割変更決定がなされていたとするのは早計である。工事係長らからの右報告は所属課長が勤務割変更を行うべきかどうかを判断するに当つての一資料にすぎないのである。

本件の場合、被控訴人の年休請求のために週休者を代替勤務者として充てるのは控訴人公社の服務規律上問題があり、また代替勤務をしてもよいと表明していた赤城社員が後日その意思を撤回したので、被控訴人のために、あえて代替勤務者を予定してまで勤務割変更を命じなかつたのである。

3  赤城が代替勤務意思の撤回をしたのは昭和五三年九月一一日であつて、同月六日ではないし、それも自発的に同人と話合つた坂本係長に対してなされたのである。同係長は当時の機械課内の総意、即ち成田空港再開港反対闘争参加のために休暇をとろうとする被控訴人の代替勤務はしたくない、すべきではないという職場の総意を受けて右の話合いをしたのであつた。従つて、赤城が代替勤務意思を撤回した以上、他にこれを希望する者はいなかつたから、被控訴人の指定日には控訴人公社弘前局市外担当の所要最低配置人員を欠き、「事業の正常な運営を妨げる事情」が存在したというべきである。

4  勤務割の変更権は使用者たる控訴人公社の固有の権利であつて、これを行使するか否かはその合理的な裁量に委ねられている。本件において竹本課長が被控訴人の代替者確保のため勤務割変更をしなかつたことに合理的理由があつたことは本件の各訴訟資料、証拠資料の上から明らかである。勤務割変更を控訴人の義務であるとする見解は誤りである。

(被控訴人の反論)

赤城は九月一一日より前に竹本課長からの説得によつて代替勤務の意思を飜したのである。

また竹本課長は、赤城が飜意すると否とにかかわらず勤務割変更を命ずる意思はなかつたのである。則ち、右飜意があつたから勤務割変更をしなかつたのではない。

年休の時季指定に伴う勤務割変更は使用者の自由裁量であるとの控訴人の主張は、労働基準法三九条の趣旨目的に適合しないものである。

三  証拠 <略>

理由

一  請求原因1ないし3の事実、即ち(一)控訴人は公衆電気通信業務及びこれに付帯する業務等を行うため日本電信電話公社法に基づいて設立された公法上の法人であること、(二)被控訴人は昭和四五年四月一日から控訴人の弘前電報電話局に勤務し、昭和五二年四月一日から同局施設部機械課に所属する職員であり、昭和五三年九月四日機械課長の竹本一雄(以下「竹本課長」という)に対し同月一七日につき年次有給休暇の時季指定をして同日出勤しなかつたところ、時季変更権の行使を前提とする竹本課長からの就労命令に違反して同日無断欠勤をしたとして、同年一〇月一二日付で本件戒告処分を受け、更に本件賃金カツトとして五〇九六円の差引を受けたことは当事者間に争いがない。

二  控訴人は、右年休時季指定は控訴人の適法な時季変更権の行使によつて不成立に終つたのであり、然らずとしても、被控訴人は成田空港の廃港を目指す過激派集団の違法行為に同調・参加しようとして右時季指定をしたのであるから、控訴人の職員として要請される信義に著しく反し、年休制度の趣旨・目的から外れる反社会的な行為をするために年休を利用しようとしたことに帰着し、権利の濫用にわたるものとして年休時季指定の効果が生じなかつたと主張する。

控訴人が右主張の前提として主張する事実のうち、原判決事実摘示「三被告の主張1」の(一)機械課の業務内容、(二)機械課の組織と勤務体制及び(三)の(1)、(2)の各事実並びに被控訴人は成田空港開港に反対する集会に参加するために本件の年休時季指定をしたこと及び竹本課長が時季変更権を行使したことは被控訴人の認めている事実である。

被控訴人の本件年休時季指定が権利の濫用にわたるか否か、控訴人の時季変更権の行使が適法なものであるか否かの判断に必要な前提事実についての当裁判所の認定は、次に加除するほかは原判決理由「一」のうち一八枚目表五行目から二三枚目裏三行目までに記載されているとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  右冒頭の証拠挙示欄に「成立に争いのない乙第六七ないし第七九号証、第八〇号証の一ないし三、第八一、第八二号証」を加え、同欄括弧書の「(後記措信しない部分を除く。)」二つを削除する。

2  一九枚目裏六~七行の「変更がなされ」を、「変更がなされるのが通例であり」と補正し、二〇枚目裏五行目の「社会から厳しい批判を受け」の次に、「、国会での質疑等の場において控訴人公社の人事管理の甘さ、ずさんさが指摘され」を加え、同一〇行目の「電話用ケーブルが切断され」の次に、「たのを始めとして、同年六月二三日に築波無線中断所襲撃事件、同年九月二日に鳥取空港電話ケーブル切断事件、同月八日に埼玉県三郷市内と千葉県市川市内で各電話ケーブル切断事件が各発生す」を加え、二〇枚目裏末行の次に行を改めて、

「前記三月二六日の反対行動で中心的役割を果したのは第四インター系極左集団と呼称される一派であり、逮捕された控訴人公社の職員はいずれも第四インター系の過激派の一員かその同調者であつた。一方、当時被控訴人が加入していた全電通労働組合は、いわゆる成田闘争なるものが本質的に暴力闘争であるとして嫌悪し、これに一切関係しないとの方針を立てていた。しかるに被控訴人は、「弘前電通労働運動研究会」なる組織を作り、機関誌「楔」を発行して成田空港を実力で廃港に持込もうと呼びかけるなど、公然と組合の右方針に反対する積極的な行動をとつていた。従つて被控訴人は、前記被逮捕者らと同様、第四インター系の一員かその同調者であると見られていた。」

を加え、二一枚目裏三~四行の「開催される予定になつているうえ、」を、「開催され、多数の過激派集団による破壊活動等の大規模な違法行為が敢行される公算が大であつたため、一万二〇〇〇名もの警察官を動員しての厳戒態勢がとられることになつていた。」と、同七行目の「右集会に参加する」を、「右集会に参加して違法行為に及ぶ」と各改める。

3  二一枚目裏末行の「説得し、」から二二枚目表二行目の「みつけようとしなかつたこと、」までを、「説得した。赤城は竹本課長の右申入れに対して拒否はしなかつたが、代替勤務意思を撤回する旨の明確な意思表示もしなかつた。その後同月一一日頃、機械課第二市外機械係長の坂本修が赤城と同室した際、同人に対し、「花田君(被控訴人)が成田闘争に深い関心を持ち九月一七日に成田に出かけて行くらしい。勤務を代つてやつたのでは彼の過激な行為の手助けをする結果になるので、そういう勤務変更はやめた方がよい。」と話したところ、赤城は「花田君が成田闘争に関係していることは詳しくは分からなかつた。そうであるなら花田君の代りをやめる。しかし直接本人にはその旨を言いにくい。坂本係長から伝えてもらいたい。」との意味の返答をした。そこで坂本係長は翌一二日竹本課長に赤城が代替勤務意思を撤回した旨の報告をなし、同月一四日に被控訴人にその旨を伝えた。」と改め、同五行目鉤括弧の中の「業務上の支障がある。」の前に「最低配置で」を加え、二二枚目裏一~二行の「しかし、竹本課長は、」以下を削除する。

4  二三枚目表三行から末行までの記載全部と、同裏一~二行の「証人竹本一雄」から「措信できず、他に」までを削除する。

三  そこで以上の事実に基づいて前記の問題点について判断する。

年次有給休暇の利用目的は労働基準法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは使用者の干渉を許さない労働者の自由であると解すべきであるから、被控訴人が成田空港開港に反対する集会に参加するために本件年休の時季指定をしたことは当事者間に争いはないが、そうであるからといつて右時季指定が権利の濫用に該当し所期の効果を発生せしめないということはできない。

ところで、右時季指定のあつた昭和五三年九月一七日は日曜日であり、被控訴人の勤務割は日勤、即ち同日午前八時三〇分から午後五時一〇分までであつたが、労使間の協議により日曜、祝祭日の日勤勤務の最低配置人員は二名と定められていた関係上、このような場合に一名でも欠ければ最低の人員配置を満たさず、同法三九条三項但書にいう「事業の正常な運営を妨げる」ことになるから、時季変更権の行使が許されるということができる。従つて問題は、当初代替勤務の意思を示していた赤城社員に勤務割変更を命じないで逆に同人に対し竹本課長らがその撤回方を説得し、その飜意があつた後は他に代替勤務希望者を募らず、他の者に勤務割変更を命じなかつた点をいかに評価するかに絞られるわけである。

本件の如く日勤、宿直・宿明勤務の六輪番交替服務という勤務体制がとられ、最低配置人員の定めがある場合の宿直・宿明勤務や日曜、祝祭日の日勤勤務につき年休の時季指定をするのは、その実現のためには必然的に他の同僚労働者の予定を変更させる結果になるので、相互に自制するのが望ましい姿ではあるが、さればとてかかる場合の年休時季指定を直ちに違法、無効なものとなしえないのも当然である。この年休時季指定をうけて代替勤務者の円滑な補充、即ち支障なき勤務割の変更がなされるならば何ら問題は生じないからである。しかし勤務割を定めることが使用者の専権に属するのは明らかであり、これを変更するのも同様である。従つて勤務割の変更は使用者の義務ではない。もとより、年休制度を実効的なものにするために協力、配慮すべき一般的な義務が使用者にあるのは当然であるから、合理的な理由なしに恣意的に勤務割の変更をなさず、その結果事業の正常な運営が妨げられるとして時季変更権を行使するのは権利の濫用に該当するということができるが、勤務割の変更をしないことに合理的な理由がある場合にはその結果として事業の正常な運営が妨げられることを理由とする時季変更権の行使は有効であると解すべきである。

右の理を本件について見るに、過激な違法行動や通信妨害行為が反復され控訴人公社の職員五名が逮捕されるなどした「成田闘争」に関し控訴人公社の職員管理のあり方に国会や世論の厳しい批判が浴びせられ、公務員及び公共企業体職員らが右闘争をめぐる違法な活動に参加することのないよう職員の管理監督を求める内閣官房長官からの通達(昭和五三年五月一一日付内閣閣第八六号)と、これに基づき控訴人公社の副総裁、東北電気通信局長から職員の服務規律の厳正化についての指示がなされていた情況下において、かねてより過激派に同調する言動をしていた被控訴人が「一〇〇日闘争」の最終日の集会に参加するために本件の年休時季指定をしたのである。被控訴人が違法行動に加わり、或いはこれに捲込まれることになれば、ただに被控訴人個人の刑事上、民事上の責任問題が生ずるのみならず、公共企業体たる控訴人公社が国民・公共に対する責務を懈怠したとして問責されるのは必至である。被控訴人について右の可能性が高かつたのは明らかであるから、たまたま時季指定された日が最低人員配置を要する日曜日であつた関係上、勤務割の変更、代替勤務者の補充をしないで業務の支障を理由に時季変更権を行使して被控訴人に就労を命ずることができ、さすれば同人が違法行為に加わるのを未然に防ぐことができると考えてした控訴人・竹本課長の一連の措置には前記の合理的な理由があるとするのが相当である。けだし年休権とても決して絶対的な権利ではなく、上来説示の違法な行為の防止ないしは公社の責務と対比した場合、価値においてこれら後者の方が優先するといいうるからである。前記のとおり年次休暇をどのように利用するかは労働者の自由に決しうることであるが、この自由は年休か有効に成立した場合のものであつて、本件の如き勤務体制下において使用者が勤務割の変更をするか否かにつきこれを掣肘するものではない。また、被控訴人が違法行為をしないようにするには、直接その旨の説得をするのも一つの方法であるが、これに限られるわけではなく、これを先行させるべきであるとする理由もない。被控訴人は現実には違法行為をして逮捕されたとかいうことはなかつたが、かかる結果は右の合理的な理由の有無を判断するに当つて影響を及ぼすものではないし、前記赤城社員に飜意するように働きかけたとか、その飜意の日がいつであつたとかの点も同様である。

このように、被控訴人からの本件年休時季指定に対応して勤務割の変更をしなかつた控訴人の措置は是認することができる。その結果労使間の協議に基づく最低配置人員を欠くことになるわけであるから、業務の正常な運営が妨げられることを理由に時季変更権を行使したのは適法であり、右行使の時機、方法にも特に問題はなく、権利の濫用ともいえないので、右指定に基づく年次休暇は結局成立しなかつたことになる。従つて、昭和五三年九月一七日の無断欠勤等を理由に控訴人公社職員就業規則五条一項、五九条三号、同条一八号に基づき被控訴人に対してなされた本件の戒告処分及び賃金カツトは適法、有効であり、裁量の誤りもない。

以上のとおりであるから、右戒告処分の無効確認と右未払賃金五〇九六円及びこれと同額の労働基準法一一四条所定の附加金、慰藉料五〇万円、弁護士費用二〇万円その他遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求は総て理由がないといわなければならない。

四  よつて、原判決中本件戒告処分の無効確認請求と金員支払請求の一部を認容した部分は不当であるからこれを取消して被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 輪湖公寛 小林啓二 斎藤清実)

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